俺、今井隆志《いまいたかし》は何処にでもいる……というには少し意見があるかもしれないけど、本当に何も自慢する事のない、容姿も地味で勉強もできる方じゃないし、運動だって人並み。100m走でクラスの中でも5番目位に速かったのが唯一自慢できることだが、それも高校生になった今になると『自慢』には既に入れることが出来ない。
そんな俺にも実は自慢できることはある。それが幼馴染達だ。
というのも俺が住んでいる地域は地方のそのまた地方で、街中へ買い物に行くにも必ず車は必要になるし、町に行く事よりも山に行く方が時間がかからない。更に言うと誇張でもなんでもなく『隣の家』なんて聞こえはいいが、実は歩いて5分程度かかる場所まで行かないとお目にかかる事が出来ない程の町……いや村かな? そんなところに住んでいる。
そんな俺の地元でも、
俺の同級生の中では飛びぬけて有名な奴らがいる。それが前もって言っていた幼馴染たちなのだ。正直に言って、俺がそいつらと幼馴染なんてことを言っても信じない奴もいる。そして……俺もそんな奴らと同じくらい信じられないのだから、自分でも笑う事しかできない。
「たーかしっ!!」 「ん?」 「何か考え事?」 「いや……うん。そうだな考え事だ」 「聞いちゃっても良い事?」 「どうだろな……」 地元でもそこそこ名のある高校へと進学した俺だが、そこには何故か幼馴染二人も一緒に合格してしまう。 まぁ地元にいて選択できる学校も少ないという理由はあるけど、俺よりも成績がいい二人がなぜか一緒にいるのだ。高校2年生になった今では更に差がついてしまっている。何より今俺に話しかけて来た幼馴染の一人で、唯一の女の子である歳内加代《さいうちかよ》は。中学時代から成績優秀と評判で、その上母親は首都圏でモデルの仕事をしていたこともあるとても美人さん。父親は地元で会社を経営している。所謂社長令嬢というやつだ。
そんな二人から生まれた加代が『普通』であるはずがない。母親に似てスタイル抜群。其の上小顔で今人気のなんとか坂グループにいてもおかしくないくらい可愛い。更にこんな俺にも未だに気さくに話しかけてくれるほど性格も良いとくれば、学校でも人気があるに決まっている。
「今日は聡はどうした?」
「聡?」 「何時も一緒だろ?」 「そんなこと無いよぉ~。今日は学校の補講が有るんだって」 「へぇ~……」 帰りのバスに揺られながら、時折その揺れで小さな「きゃっ!!」なんて可愛い声を発しながらも、俺の隣から離れない加代。会話に出て来た聡とは新岡聡《にいおかさとし》といい、同じ学校に通っているもう一人の幼馴染の一人。
因みにこの聡は学校では有名人だ。なにせ学校始まって以来初のインターハイ出場を果たしたバスケ部の主将を今年から務めているほどの実力者だ。ただし頭はそれほどよろしくない。なので本日も補講という憂き目にあっているのだ。
そして――。
ブシュ―!! がこん!!俺達の乗っていたバスが、その車体の重みを止めるためにサスペンションが鳴る音と共に、とある学校前の停留所に停まる。
「よう……」
「おう……」 「あ!! 今帰り!?」 「まぁそうだな」 乗り込んで来た一人の男子高校生。名前を桐生大河《きりゅうたいが》といい、俺が幼馴染と言える残りの一人で、加代の想い人でもある。残念なことに俺たちの中では……いや、俺達の住む町の中でもかなりのイケメンで、高身長。更に俺たちが通う高校よりも一ランク上の隣町にある高校へと進学した。成績も優秀な奴でもあるが、それで気取ったところはない。 だからこそ今でも俺たちが幼馴染としてみんな仲良くできているともいえるのだが。大河が乗り込んできて、俺達の前に座ると同時位には、それまで隣にいた加代が大河の横へと移動していく。
――まぁいつもの事だからな。
仲良く話を始める二人をしり目に、俺は窓の外をぼんやりと眺め始めた。こんな生活が既に2年に及んでいる。 「来年からはもう遊んでいられないじゃない?」 「そうだな……」 「大河は何処の大学を狙っているの?」 「俺は〇〇大学が第一志望だな」 「そっか……じゃぁ……」 加代が何かつぶやくが俺には聞こえない。いや聞こえていないふりをした。「隆志は?」
「あん?」 急に俺に大河が話を振る。「隆志は何処狙ってるんだ?」
「俺は……▽▽大学を一応第一志望にしてる」 「へぇ~。あそこはいい学校だと評判だな」 「そうなのか?」 「あぁ。良いところを狙ってると思うぞ。隆志にはいいんじゃないか?」 「……だろ?」 ウンウンと頷きながら俺の話を聞く大河。コイツは本当にそう思っているのだと思う。何より嘘を吐くのが下手で馬鹿正直なやつだからわかる。「まぁ俺はお前らとは頭の出来が違うからな。そういうところを狙うのが精一杯だ」
「そんなことないだろ。がんばれば――」 「いや。俺はそこでいいんだ‥‥」 大河の言葉を最後まで聞かずに俺が答えた。「そっか……隆志は……▽▽大なんだ……」
加代が小さな声でそんな事をつぶやいた。「俺の事より、お前たち二人の事を応援するわ」
「それはありがたいが……」 「ありがとう隆志!!」 「あぁ……」――大丈夫だ。お前たち二人の邪魔はしねぇよ……。
まだ続いている進路の話を、俺は二人の後ろに乗りながら、そんな事を考えつつ聞き流していた。時間が過ぎ、年が明け夏も終わりを告げる頃――。
俺たち四人は進学のための勉強を本格的に取り掛かり始めた。もちろん俺や大河そして加代は2年生の時から始めてはいたのだが、聡は部活の引退が夏だったために、一人遅れて始める事になる。
そんな聡の遅れを取り戻すべく、俺と聡は一緒に勉強をする事が多くなった。何より俺と聡の二人はできる方ではない。なので自然とできる二人からは距離を取る様になった。俺たちの所為で二人の勉強がおろそかになってしまうのも申し訳ないと聡が言いだしたためでもある。
ただそれだけじゃない。
「なぁ隆志……」
「どうした?」 「あの二人……うまくいくと思うか?」 「さぁ……こうしてお膳立てしてやってるんだから、うまくいってほしいとは思うけどな」 「だよなぁ……」 実の所、聡と二人で勉強することにしたのも、なるべくなら大河と加代を二人にさせてやろうと聡が言い出した事。これは二人には秘密にしている事だが、加代が大河に気があるというのは俺と聡は中学生時代からすでに知っていた。
俺に関して言うと小学生時代から知っていたのだが、高校生になってから二人の間の雰囲気がなんというか……そういう感じになっている事が聡も気になっていたようで、俺と共に距離を取ることを暗黙の了解としたのだ。
「どうにかしてやりたいけど……」
「こればっかりはな。俺たちは見守る事しかできないぞ」 「まぁなぁ」 「それに……」 「それに?」 「聡の成績が上がらないと、あの二人も心配しちまうだろ? そうなるとこうしてせっかく作った時間が無駄になっちまうぞ」 「あぁ!! それは言うな!! 俺も……頑張ってるんんだぞぉ~……」 「わかってる。だからこうして付き合ってやってるだろ?」 「ありがとなぁたかしぃ~」 なんて俺に甘えてくる聡だが、実は俺たち幼馴染の中で唯一恋人がいる。なんでも部活の遠征先で知り合った県内の高校の生徒らしいのだが、会いに行けない距離ではないけど簡単に合える距離でもない所に住んでいるので、実際に週末などにならないと一緒にいることが出来ない。そんな感じなので、平日はここ最近は俺と一緒にいる事が多い。
そんな日常を過ごしていたある日。
週末だという事で、聡は彼女の所へ会いに行くというので俺とは別行動をとることになったのだが、俺は一人で勉強するために図書館へと行く事にした。
街の中に行くためにバスに一人で乗って向かう。
「おう……」
「よう……」 俺が乗り込んだ次のバス停から、大河が乗り込んで来た。いつものように挨拶をすると、俺の隣へと腰を下ろす。「はかどってるか?」
「まぁまぁだな。そっちは?」 「俺もまぁまぁ……だな」 おれが手に持っていた参考書を手で示しながら大河が問いかけてくる。「一人か?」
「あぁ。今日は聡のやつは彼女さんの所だ」 「なるほど。相変わらず仲が良いんだな」 「そうだな」 大河ももちろん聡に彼女がいる事は知っている。俺達三人にわざわざ聡が合わせてくれたのだ。「隆志は?」
「あん?」 「彼女……」 「いるわけないだろ?」 「そうなのか? だって……」 「なんだよ?」 「……いや。いい」 何かを言いかけてやめる大河。 「お前の方はどうなんだよ」 「俺か? 俺もいないよ」 「……はぁ~。いい加減に気付いてやれよ……」 「何を?」 大きなため息をつきながら、俺は大河の方を向いた。「知ってるんだろ? 加代の気持ち」
「……なんだ。隆志|も《・》知ってたのか……」 「まったく。もうあんまり時間が無いんだぞ?」 「そうだな……そう言っておくよ」 「お前何言って――」 「俺、今日はここで降りるんだよ」 「はぁ?」 そんな会話をしていると、スッと立ち上がって降車ボタンを押す大河。 次の停留所が近づいてくるとバスの速度が落ちてくる。そしてバス停にバスが停まると、その停留所には加代の姿が有った。――なんだ。上手くやってるじゃねぇか……。
降りてすぐに大河と加代が会話をするところが見えるが、何を話しているのかは聞こえない。ただ大河がバスの方を指差しながら何かを言っている様で、バスが走り出す前に加代がこっちの方へと顔を向け、俺が乗っていることを確認すると、大きく手をぶんぶんと振っていた。
――しっかりやれよ。加代……。
その姿を見るとちょっと力が抜けて、俺も加代に小さく手を振り返した。 秋が過ぎ、風が冷たくなってくると感じる雪の気配。そんな気配を運んでくるともうすぐ町は白い世界の中へと取り残されたような景色になる。そんな中を白い息を吐きながら学校へと向かう俺たちは、既に受験に向けて学年中がピリピリとした雰囲気へと変わる。
勉強に関して上位にいる奴らは、この時期から推薦の関係でちょっと早めに受験モードへと突入するのだけど、聡もその中の一人なのだ。何と学校からスポーツ推薦枠での入学を打診されたようで、俺の所に報告に来た。今までは成績が推薦枠に入るほどのものでは無かったために、その話もどうなるか分からないと先生方からは言われていた為、その知らせを貰って凄く喜んでいた。
一番初めに彼女に連絡をしたようで、その彼女も聡のいく予定の大学近くへと志望校を変えるらしい。本当に仲が良いようで羨ましくもなる。
そうなると俺一人が焦りだす事になるのだが、試験までの間にできる限りの事はして本番を迎えた。
――やれることはやった!! あとは……。
試験へと向けて電車で移動するため駅へと向かう俺。少し余裕がある様にと駅に向かったので、目的の電車が来るまでには時間がまだある。駅の売店で缶コーヒーを買い、バッグから参考書を取り出し、ベンチに腰掛けて読み始める。
「たぁ~かしっ!!」
下を向いて数分。参考書へ目を向ける事で集中していた俺に声を掛けてくる人が居る。まぁ長い間その呼び方を聞いている俺にはソレが誰かは分かってしまうのだが。「加代……どうして?」
「うん? もちろん隆志の応援だよ!!」 「大事な時期だろ? 良いのか?」 「大丈夫大丈夫!! 私も頑張ってるもん!!」 「……ならいいか……」 「座っていい?」 「……聞く前にもう座ってるだろ?」 「えへへへ」 そう言いながら俺の隣で笑う加代。しばらくの間、こうして加代と話す事が無かったので、電車が来るまで話し込んでしまった。
駅の中に電車が到着するという表示が出ると、俺はスッと立ち上がった。
「そろそろ……」
「うん!! がんばってね!!」 「あぁ……じゃぁな」 「行ってらっしゃい!!」――行ってらっしゃいって……お前奥さんかよ……。
加代が元気に言う言葉に少し笑いながら俺はホームへ向けて歩き出した。そして桜が咲いた。
3月1日に卒業式を迎える。
新たな進学先へ向けて俺たちは歩き出す。
今まで一緒にいた幼馴染も、数人を残してバラバラになる。寂しさもあるし喜びもあるけど、金輪際会えないわけじゃないから、皆涙を見せる事は無い。俺たち四人で卒業祝いと入学祝を兼ねたパーティをしたけど、みんなそこでも笑顔のまま。聡は隣の県へ。
大河と加代は首都圏へ。 俺は北海道へとそれぞれが旅立つ。四月も終わりに差し掛かる頃――。
俺は大学の入り口をくぐり構内へと入っていく。独り誰も知らない人達の中を縫うように歩いていく。
構内にある桜は俺達の入学を祝うように咲き始めていて、そんな薄桃色の日差しを受けながら独り黙々と歩く。 すたすた……。「たぁ~かしっ!!」
誰かが俺を呼んだような気がした。しかし同じ名前の奴なんてこの世に何人もいる。知り合いのいないこの地に俺を呼ぶような奴はいない。だから自分ではないと思いそのまま歩き続ける。
すたすた……。
タッタッタ…… 歩くたびに近づいて来る足音。「たぁ~かしっ!! もう!! 待ってよ!!」
「え? いたぁ!!」
その足音は俺の隣まで近づいてくると、俺の背中にバン!! という音と共に痛みの衝撃が走る「名前呼んでるのに!!」
「え? か、加代?」
痛みに堪えながら横を見ると、そこには少し頬を膨らませて俺の方を見る加代の姿が有った。 「え? え? な、なんで? ここに? ほ、本物か?」 「何を言ってるのよ!! 本物よ!! ていうか本物って何!?」 「いやだって……お前は大河と……」 「大河?」 「あぁ。だってお前大河と恋人に……」 「?」 ちょっと首を傾げる加代。「え? どういう事? 何大河と恋人って」
「え? 告白したんだろ?」 「告白? まだだけど……」 「どうしてしないんだよ!! せっかく俺と聡がーー」 「今からするからだよ……」 「……は?」 「今から隆志に告白するから、まだしてないんだよ」――ちょっと何言ってるかわかんない……え? どういう事?
俺の頭の中は混乱する。「ちょっと待て!! それにどうして加代がここにいる!?」
「どうしてって……わたしもここを受けたからに決まってるでしょ?」 「いや、ちょっと待ってくれ。加代は大河と同じところに行ったんじゃ……」 「行かないよ? あの時から私が行くところは決めてたし!!」ぐるぐると頭の中で考える。何を言っているのか理解しようとしても、それ以上に混乱してしまう。
そうこう考えている間に加代は何やら気合を入れ出した。「えっと、が、頑張れわたし!!」
「…………」 「うぅん!! えっと!! 隆志!!」 「……はい」 「ずっと好きでした!! 私と付き合ってください!!」 「え?」 顔を真っ赤にしたまま俺の方を見つめる加代。「え? だって大河は……」
「大河? 大河からは早く告白しろって言われてたんだけど、ずっと勇気が出なくて言えなかったんだ」 「加代は大河の事が……」 俺達の周りを、ほのかに甘い優しい風が包み込む。 「私はずっと隆志の事が好きだよ?」 首を傾げて俺の方を見る加代。「で、返事欲しいな……」
輝く瞳を見せながら俺の事を見つめ続ける加代。物語の主人公のヒロインにしてあげたいと思っていた幼馴染。でもその物語の主人公は俺で、幼馴染は俺のヒロインだったみたいだ。
そんな俺が加代にした返事は――。 今では大学の中も町の中も、『一緒に腕を組んで歩いている』なんて言えばわかるかな?地方の大学を卒業して、地元に帰る事をせずに就職して早二年が経とうとしている。もともと何をしようかとか、やりたいことなどを考える事をせずに、出来る事だけひたすらにこなす事だけを考えて生きて来た自分には、希望する職業などが有るわけではなく、かといって地元に戻る気にもなれなかったので、そのまま地方へと住み続けることにしたのだが、何とか拾っていただいた会社で、可もなく不可もなく暮らしていけている。「池谷ぃ~」「ん?」 同僚の吉田が缶コーヒーを片手に持ちながら近づいて来た。ちなみに今は仕事中である。休憩時間でもなんでもないが、会社の中は温度調節されているので、一年中同じ温度に保たれている。そして俺が働いている部署はそんな中でも特別区画になっていて、他の部署とは違い暑さが厳しい事で有名なところ。俺自身はデスクにかじりついて仕事をするため、そんなに暑さは感じないのだが、動き回る人達にとっては地獄というもっぱらの評価だ。「お前さ、今日暇だろ?」「何で決めつけてるんだよ……」 俺の隣の席に座るなり、俺に缶コーヒーを手渡しながらそんな事を切り出す吉田。俺はチラッと視線を壁に掛かっているカレンダーへと移すと日付を確認した。「だって去年もクリスマスイブだってのに一人ですごしてたじゃねぇ~か」「それは……そうだけど……」 吉田に言われたことは事実ではあるものの、それは理由があってそうしていただけで、好きで一人でいたわけではない。「今日はダメだ」「あん?」「用事があるんだよ」「用事? どうせ一人なんだろ?」 半笑いのまま俺の顔を覗き込んでくる吉田。――コイツ!! なぐったろか!? 「いや……本当に今日はダメなんだよなぁ……」「なんだよ? コレか?」 右手の小指を立てながらニヤッと笑う吉田。「あぁ。そうなんだよ」
「なぁ柏崎……」「なぁに?」 振り向いた私の姿に、池谷が少しだけ顔を赤らめスッと視線を外す。 鈍い池谷を強引にデートへと誘った私は、そのデートの最中である。 日常で見ている学校の制服と違い、池谷は黒ジーンズに青いニットのセーターを併せ、ジャケットをその上に羽織るという、いつも通りと言わんばかりの格好。 私は初デートだからと、この時の為に買った薄いピンク色のワンピースを着て、その上にふわっとした印象を与えるようにと白いセーターを着ている。足もとも歩き疲れない様にと悩んでショートブーツ。 自分なりに目一杯おしゃれしてきたつもり。――ちっともこっちを見てくれない……。 私の方へと視線が向きそうになると、無理にフイっと顔を背けてしまう池谷。どこか変なのかなと不安になってしまう。「そろそろ休憩しないか?」「うん……そうだね。そうしよっか!!」 池谷の好みもまだ良く分からない私は、初デート場所として近くにあるショッピングモールへと池谷を連れて来た。 お店を見て回るうちに池谷の好みも聞きだせるし、一石二鳥かな? という考えから選んだのだけれど、私の目論見は直ぐに外れる。「俺……目当てのモノを買う為に来る位で、買ったらすぐ帰るから、あんまり興味ないんだよな。服とかもそうかな」「はぁ!?」 などという会話をお店の立ち並ぶ通路の真中で、池谷に「ぶっちゃけさ」と言われてしまったのだ。 とはいえ、せっかく来たのだからと、池谷を引きずる様にしながら二人で見て回る。私は気になってしまった物があると、そこで結構時間をかけてしまうので、池谷は飽きてしまったのかもしれない。「ちょっとトイレ行ってくるよ」「え? あ、うん……」 モール内のカフェに入り、空いている席に私が荷物を置いた瞬間に、池谷はそう言って私から離れていった。
「ねぇ池谷……」「なんだよ?」 わたしの斜め後ろの席で、私の方へと顔を向けながらぶっきらぼうな返事をする池谷。「私、次の日曜に暇なんだけど?」「あん? 出掛ければいいだろう? 柏崎は友達多いんだから……」「はぁ……」 池谷からの返事に大きなため息を吐く。――いや、分かってたけど……ここまで鈍いとは……。 私は心の中でまた一つ大きなため息をついた。 池谷を他の女子達がどう思っているのか知らないけど、私は昔から良い奴だという事を知っている。とはいえ幼馴染という訳でもなく、住んでいる場所もちょっと離れているので、学校で顔を合わせるくらいの関係。一緒のクラスになった事もない。だから高校で池谷と同じクラスになれた事で、自分の部屋の中で大声で喜びの絶叫をしまったのは内緒だ。――しょうがないじゃない……。好きなんだもん……。 結局は、あの後も進展のないまま一日が終わってすでに放課後。独りでとぼとぼと帰り道を歩いていると、少し離れた前を池谷と、私の席の隣で唯一池谷と仲がいい友永《ともなが》が歩いていた。静かにその後を追う私。 家路の途中にあるコンビニに二人で入って行くので、そのまま後を追い、隙をついて友永に語り掛ける。「友永……」「うお!! なんだ柏崎かよ……」「何してるの?」「飲み物買いに寄ったんだけど……?」 友永がそう言いながら、何やらニヤッと笑う。「ははぁ~ん?」「なによ?」「たぶん漫画読んでるぞアイツ」「…………」 無言で友永を睨む。「じゃぁ後は宜しくな!! 池
目の前の席にて、俺の方へ椅子の背もたれに両腕を乗せながら、微笑む女の子にジッと見つめられている俺、|池谷晴弘《いけたにはるひろ》は現在戸惑っている。 外吹く風も枯葉を巻き込み吹きすさぶ季節の、午前中のとある休み時間。授業の繋ぎ時間だったはずなのだが、とある陽キャ達によりその状況は一変する。「おい、今日の獅子座生まれと魚座の人と進展ありって書いてあるぞ。お前魚座だったよな?」「いや、惜しいけど俺みずがめ座」 男なのに星占いを気にするなよなどと言葉で盛り上がりを見せる、陽キャクラスメイトを遠巻きに眺めていた俺。――そんなわけねぇだろ……。 心の中で悪態をついていた。心の傷はそう簡単にうめられるもんじゃないんだぞ!! などと思ってしまう俺。奴らは知らないとは思うが、実のところ俺は獅子座生まれなのだ。「おい!! 誰かクラスの中で獅子座生まれいないか?」 盛り上がっている生徒の中の一人が声を上げた。 「俺がそうだけど!!」「わたしも!!」 男女問わず声が上がるも、勿論俺が声を上げる事は無い。「池谷」「ん?」 俺の前に座っていた唯一の友達が、俺の方へ顔を向けつつ話しかけて来た。「お前、獅子座生まれだったよな……」「そうだけど……なんだよ?」「いや……」 チラッと俺から視線を外すと、ぼそっと言い捨てて前方へと向きを戻した。――なんだコイツ。 そんな事が有ったその日の昼休み。 件の友達が、その隣に座っている女子生徒に話しかけていた。チラッと確認する俺。時折その友達が俺の方をチラッと見るので気にはなったが聞く事はしない。 そして頷きあうと、俺の肩をポンと一叩きして教室から出て行った。――なんだ? 去って行く後ろ姿を見ていると、近くから声が掛けられる
俺、池谷晴弘《いけたにはるひろ》は現在とても集中している。 我が高校では、秋のイベント体育祭の真っ只中である。行事の中では修学旅行などと並び大行事なわけだが、ウチの高校ではこの体育祭が一番盛り上がるといっても過言ではない。 それはナゼか――。 種目の一つに借り物競走というモノがある。普通の借り物競走は、色々なものを会場内から借りてきて順位を争うわけだが、ウチの学校でも普通の借り物競走もある。しかし、そのレースの中で2つだけ特殊なものが入っている。 それが『告白レース』と名付けられているモノ。 簡単だ。男女1レースずつ。好きな人が居る人しか出場する事ができない。 そしてその出場者が好きな人を連れてゴール出来たら、告白成功で順位がきまる。中には撃沈する人もいるが、その場合は棄権扱い。もちろん順位はない。 そんなわけで、現在はその女子レースが行われる準備段階に入っているのだが、どうして俺がここまでレース前の段階で集中している理由。 もうお分かりの通り好きな子が出る予定だから。 それがクラスメイトで、周りからは地味子といわれている丸眼鏡が良く似合う、黒髪ロングをポニテにして存在なさげにしている|小向比奈《こむかいひな》さん。 いつもは髪をバサッと下ろしているので、あまり知られてないが、実は凄くかわいい子なのだ。――まさか彼女が出るなんて……。 高校生ともなれば好きな人が居ても普通の事。でも小向さんが男子と話をする事はあまりない。というよりも、地味子といわれるくらいだから、あまり話をしようと近寄る生徒も男女問わず少ないのだ。「俺ってことは……ないよなぁ……」 本音が零れる。 周りは雰囲気に熱気を帯びているので、誰も気づいてはいない。それはクラスのマドンナが出場しているという事もあるんだけど。 そうこう考えている内に、もう彼女の出る順番が回ってきた。
自慢するわけじゃないというか、恥ずかしい話だけど高校二年生になった今に至っても、彼女が出来るどころか、クラスの女子達との会話でさえままならないというのが、|常盤正英《ときわまさひで》という男子高校生である俺の客観的立場から見た評価だろう。 事実、朝登校してから女子と会話することなく一日が終わるというのは毎日恒例だし、何か用事があって話さなきゃいけないときも、余計な事など言える訳もなく、本当に用事をこなすだけの会話しかできない。 そんな俺だから、自分に『彼女が出来たらしい』という噂が上がっている事にかなり驚いたのは言うまでもない。事の起こりは、何も起きない一日を十分に謳歌していた平日の昼休み時間だった。「おい正英!!」「ん?」 声を掛けてきたのは一年の時からのクラスメイトで、俺は一方的に友達だと思っている|吉田疾風《よしだはやて》。クラスの女子達からも、甘いマスクにふわっとした血筋譲りの茶色い髪を無造作に切りそろえただけなはずなのに、モデルをしていてもおかしくないと評価されている、所謂《いわゆる》一軍に所属する男子だ。ただ本人はそんな外野の声を気にした様子はなく、陰でも陽でも分け隔てなく接して誰とでも仲が良い良い奴なのだ。 ただなんでも、自分の中で流れる欧州血筋の先祖返りの影響で、天パぎみの髪の毛が悩みの種だと、ちょっと影を落としながら話した時の顔は怖かったのを今でも忘れない。「おまえようやく彼女出来たんだって!?」「はぁ!? なに? 嫌味か?」 昼休みの休憩時間に、購買人気ナンバーワンの焼きソバパンと第二位のナポリタンパンをゲットしてほくほくした心でかぶりついていた俺の前に、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、前の席の椅子をガタガタと大きな音を立てながら引き、そこに勢いよく俺向きになりながら座る疾風。「か・の・じょ!! できたんだろ? 隠さなくてもいいだろ?」「いやいやいや!! 隠すも何も……出来てないし……」「はぁ